同人誌と著作権再考

 いわゆるアニパロ同人誌は、原著作物の翻案(著2条1項11号)に当たるから違法であるとされていますが、必ずしもそうとは言えないという話をします。
同人誌 - Wikipedia
 世間的には違法とされており、私もそうであるとは信じていたのですが、アニパロ同人誌のようなものの違法性についてまじめに検討した教科書が見当たらなかったので考えてみました。すると、実は大部分は合法なのでは無いのかと言う結論に至りました。
 違法であるという考えが広まっているのは「表現」「翻案」「パロディ」「キャラクター権」等の用語が誤って理解されていることと、やっている人たちの後ろめたさから来るものと思われます。

 判例を調査しますと、海賊版の販売といった完全にクロな行為以外で著作権侵害が認められたケースがあまりないと言うことに気付かされます。それ以外の原著作物を改変参考にした二次著作物にどこまで原著作者の権利が及ぶのかはケースバイケースではあるのですが、普通に思われているよりかなり範囲が狭くなります。

 そして、あまり知られていないことですが、特に小説については、原作者の承諾無しに続編を作ることは著作権法上合法とされています(著:中山)。マンガの場合にこれがそのまま当てはまるかを考えてみます。

  • パロディとは

 ここで、注意しないといけないのはいわゆるアニパロ同人誌は辞書的な意味の「パロディ」では無いと言うことです。
本来の「パロディ」とは芸術作品を揶揄や風刺、批判する目的を持って模倣した作品であって、
http://matome.naver.jp/odai/2127417147379498301
のように原作品のコピーをベースに作成するものを指します。これはWEB上などではコラージュと呼ばれています。詩におけるパロディもそうで、本歌取りのように、現作品の一部をそのまま含むのが通常です。
 それに対して、同人誌では一から絵を描くのが通例ですのでコラージュではありません。
 判例では「パロディ=モンタージュ事件」によって、日本ではパロディは事実上禁止されましたが、これは写真コラージュが訴えられた事件で、同人誌とは直接は関係ありません。同人誌のような模倣の様態はパロディであったしても同じ扱いができるか微妙です。

  • 著作物とは

 著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著2条1項1号)とされています。わかりにくい物言いですが、同人誌を考えるときに「創作」と「表現」が問題になります。

  • 「創作」について、

 創作がなんであるかは自明とも思われますが、そうではありません。法解釈的にはなんらかの創作者の個性があらわれていればいいとされていますが、単にそれだけではありません。
 例えば、タイトルは「創作」では無いとされています。あまりに短い表現には「創作」が含まれていないと考えられるからです。このようなものを商標法では「選択」と言いいます。つまり、たくさん候補のある中から選んだ程度のもので誰か個人に権利を与えるのは好ましくないと言うことです。ありふれた表現は創作的ではないという言い方をしたりもします。
 例えば「空が青かった」に一々権利が発生したらなにも書けなくなるからです。
そこで、どの程度の文章があれば「創作的」とは認められるかと言えばケースバイケースです。文章のばあいは、俳句の五七五が「創作的」とされる最低限度とされています。それも独立して完結している俳句のばあいであって、小説ではもっともっと分量が必要です。
 例えば「雪月花事件」と言うのもありまして、これは写真の背景に書の掛け軸の作品が映り込んでいたというものです。この場合は書の創作的な特徴部分が写真には十分に写っていないとして、合法とされました。
 音楽であれば、コード進行、を決めることは「選択」とされます。
 そして、写真の場合は「創作」の範囲が極めて小さいです。例えば、ありふれた構図とか、被写体の選択には著作権が発生しません。
 イラストの場合は線の一本でも引き方は無数にあるので比較的細かいところでも「創作的」とされます。
 「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー事件」「交通標語事件」「銀河鉄道999事件」「廃墟写真事件」

  • 「表現」について

 これは具体的であることをいいます。つまり、アイデア著作権法で保護されないと言うことです。
 例えば、作品の雰囲気、テーマ、モチーフ、ギミック、ゲームのルールと言った抽象概念には著作権法はおよばないということです。
 さらに「表現」と言うと、絵のタッチ、文体、が含まれそうですが、そうではありません。あくまで作品そのものが著作権法で保護されます。
 また、キャラクターも抽象概念として、著作権法で保護されません。
 これらが共通する作品をパクリと思うことは多々ありますが、著作権の問題ではありません。
 このような抽象概念をパクリと訴える事件は例えば「NHK武蔵事件」「江差追分事件」「春の波濤事件」で争われますが、ことごとく原作者が敗訴しています。
 イラストの「表現」が類似しているとして違法とされた例としては「世界の名所旧跡のイラスト著作権侵害事件」があります。この事件では、イラストのタッチは異なってとしても、全体の構図、名所旧跡の選択の完全一致やそれぞれの名所旧跡も似ているとして侵害とされました。これを考えるとマンガ原作品の特徴の強い一場面をまったく同じ背景構図のまま、自分のタッチで描く行為は違法とされそうです。

  • 翻案とは

 同人誌は原作品の複製ではありませんが、原作品に「依拠」した創作であるのは間違いないところですので、法上の二次的著作物(著2条1項11号)に当たるかが問題になります。
 「依拠」していれば何でも二次的著作物かというとそういうことはありません。スターウォーズ七人の侍を参考にしているからと言って、スターウォーズが二次的著作物とは言えないということです。ですので、原作品とどの程度に似ているかが問題となります。
 では、条文を見てみましょう。

二次的著作物 著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案することにより創作した著作物をいう。(著2条1項11号)

 同人誌は翻訳、編曲、脚色、映画化には当たらなそうです。
 ここで「変形」と言うのも耳慣れない言葉ですが「既存の美術などの著作物を他の表現に変換すること」を指します。例えば、イラストからフィギュアを作成することを言います。同人誌とはちょっとなじみません。


 さて「翻案」ですが、本来の国語的な意味は

既存の事柄の趣旨を生かして作りかえること。特に小説・戯曲などで、原作の筋や内容をもとに改作すること。また、そのもの。「舞台を日本に置き替えて―する」(デジタル大辞泉)

です。巌窟王とか小説聖書とかのことを指します。イラストであれば、江戸時代のサムライの絵をコラージュして現代のスーツを着せるようなものをさします。
 これを同人誌にも及ぶように拡張できるかが問題となります。
 法的に「翻案」とは「内面的形式を維持しつつ外面的な表現を変えること」を言いますが、いまいちしっくりしない定義なので、判例では「原著作物の本質的な特徴を直接体感できる」と言う言い方がよく使われます。これは「原著作物の内容及び形式を知覚させるに足りる」とも言い換えられます。
 どこまで似ていれば「原著作物の本質的な特徴を直接体感できる」のかは一概には言えませんが、二次的著作物を読めば、原著作物をも読んだも同然の体験ができる程度が必要であると言えるでしょう。小説聖書を読めば、細かいところはさておき聖書の「本質的」ところは理解できます。つまり、細かい表現は異なったり、一部欠落したとしても原著作物(の少なくとも一部)を内部に含んでいることが要求されます。


では、同人誌の場合はどうかと考えてみましょう。
 同人誌には原作品のストーリーが含まれていないのが通常であるので、同人誌を読んでも原作品を体感できません。
 作品の雰囲気とかキャラクターを体感することはできるかもしれませんが、それのみで原作品の「本質的な特徴」と言うには不足です。
また、単体のイラストを取り出しても、自分で絵を描いていれば複製にも翻案にも当たりません。
 ですので、同人誌は通常、二次的著作物ではありません。


 複製翻案に関わる判例は以下のサイトにまとめられていますが、侵害が認められるケースがほとんどない点に注意してください。
http://park2.wakwak.com/~willway-legal/kls-c.case.g33.html

  • キャラクター権について

 そこで、同人誌のストーリーでは無く、個々のキャラクターの絵に着目して、絵が侵害に当たるかを見てみたいと思います。
前提として、キャラクターは抽象概念であるので著作物ではありません。
「思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分や表現上の創作性がない部分は,ここにいう既存の著作物の表現上の本質的な特徴には当たらない」
 としており、キャラクターはアイデアにすぎないとされています。
 特に、キャラクターの性格や名前などの内面的特徴は一切保護されません。
しかし、まったく法で保護されないのかというとそうでもありません。
どういうことでしょう。
 キャラクターの絵が保護される場合はあります。基準となるのは「サザエさん事件」「ポパイ事件」です。この二つの判例では一見キャラクターが保護されるかのようになっていますが厳密には違うと言う、微妙な判例です。
判例では、

三者の作品が漫画の特定の画面に描かれた登場人物の絵と細部まで一致することを要するものではなく、その特徴から当該登場人物を描いたものであることを知り得るものであれば足りる

とあり、直接の絵のコピーがあったと見なすとされています。
 この表現が一人歩きしてあたかもキャラクターが保護されるかのように言う人もいますが、判例は具体的に原作のどのコマに似ているかと証明する必要がないと言っているだけです。
 ここで注意が必要なのは、キャラクターの外見でも、単にネコミミが生えているとか、ツインテールであるとか、巫女服を着ているな服装をしているとかは、それ自体は保護されないと言うことです。
 となればタッチが違うことにより、原作のどのコマにも明らかに一致しない無い場合はどうなるとか、と言うのが問題になります。特に、初音ミクのように誰がどんなタッチで描いてもデフォルメしても初音ミクにしか見えない、と言うケースが問題です。


 結局は「原著作物の本質的な特徴を直接体感できる」のかと言うことが問題になるでしょう。
 では「パロディ=モンタージュ事件」を見てみましょう。
 この事件はいわゆるフォトショコラが違法とされた事件ですが、コラージュですので原写真がそのまま使われています。さすがにそのままですので「原著作物の本質的な特徴を直接体感できる」と言うことになりました。
ここで判決文を読むと
 「一般にパロデイといわれている表現のもつ意義や価値を故なく軽視したり否定することとなるものではない……写真というものの技術的性質から原写真のその部分をこれと寸分違わないかたちで取り込まざるをえないものであること……」
とあり、最高裁はパロデイに一定の理解を示していることがわかります。


また、合法とされる条件として

パロデイとしての表現上必要と考える範囲で本件写真の表現形式を模した写真を被上告人自ら撮影し、これにモンタージユの技法を施してするなどの方法が考えられよう

 の基準が示されているのところを考えると、トレスなどせずに自分のタッチでちゃんと描けば「原著作物の本質的な特徴を『直接』体感できる」とまではいかなくなって許容されるのでは無いのかと思います。法的には「直接」とか言う限定的な言葉入っている場合はむやみな拡大解釈を許さないと言うことですので、このような結論になると思います。
 ただドラえもんのような、比較的シンプルな絵柄をそのままそのタッチで描いてしまうと、相違点がほとんどなくなってしまうので違法とされる可能性が高まります。
 ここで「キャンディキャンディ事件」というのもありまして、原作(水木杏子)と作画(いがらしゆみこ)がもめた事件です。これは複雑な事件で同人誌に関係する部分だけ要約すると、キャンディキャンディの作画を行ったいがらしゆみこ本人が描いたキャンディキャンディの複製原画、新たに書き下ろしたイラストを水木杏子が差し止めることができるとされた事件です。複製原画はともかくとして、新たに書き下ろしたイラストまで違法とされたのは漫画家にとっては厳しい判決かと思います。しかし、本件をそのまま適用すると、小畑健が進藤ヒカルをちょっとバクマンに登場させると即違法と言うことになりますが、そのようなことはちょっと考えにくいと思われます。本件は原作と作画の関係が問題の中心で特殊な事案かもしれません。また、逆に続編で作画が交代する場合などはどうなるのかなど色々問題があります。


 なお、「サザエさん事件」はバス、「ポパイ事件」はネクタイとキャラクター商品サービスが争われたケースで、商品化権との関係で厳しく判断されている可能性が高いです。商標法や不正競争防止法では、他人の名声に便乗して商売することをフリーライドとして取り締まられますので、その考え方が入っています。一方、著作物では名声に便乗して商売は合法(例えば、ゲーム攻略本は合法)ですので、純然たる著作物である同人誌で同一の判断が為されるとは限りません。
 また、日本の裁判所の傾向から考えて先入観によりエロパロ同人誌は厳しく判断される可能性もあります。

  • SSについて

 前述の通り、SSは原作品の抽象要素を含んではいるものの原作品を体感できないので翻案ではありません。
また、キャラクターは抽象概念であるので著作物なく、さらにイラストが無いので「サザエさん事件」のような議論も成立しません。
よって、SSが違法とされる可能性はほとんどないものと思われます。
この考え方で、小説の続編を勝手に書く行為も合法です。一見、不条理にも思えますが、無許可の続編作成はシャーロックホームズの時代から完全に合法な行為とされています。
明智小五郎」「ルパン」「クトゥルフ」が登場する商業作品はいくらでもありますが、合法です。


 なお、マンガの続編が違法とされた「タイガーマスク無断続編作成事件(地裁仮処分)」と言う例がありますが、マンガ家からのアンケート調査を元にした仮処分判決にすぎず、仮処分判決ですので判断の根拠が示されておらずあまり参考にはなりません。

  • 模型化について

 模型化は「変形(著2条1項11号)」に当たりますので原則アウトです。

  • トレースについて

 トレースは一見アウトのような気がしますが、単に「依拠」していれば違法と言うわけでは無いので難しいです。
 「政治宣伝用ビラ作成配布事件」では写真のトレースが合法とされました。
考え方としては、
・トレースした部分に「創作」が無ければ合法
 ありふれた構図の写真の構図、特別に特徴の無い被写体の被写体と言った部分には著作権が発生しないからです。写真の著作権は非常に限定的ですので、写真トレースの場合が合法である場合が多そうです。ただ、写真ならともかくとして、イラストで特徴にある部分を全部削除というのは簡単では無いと思われます。


 なお、画風には著作権は生じませんので、単に絵柄が似ているというのは合法です。

  • 服、車

 工業製品には原則著作権は生じませんので、ファッション雑誌とかから服を適当にパクって自キャラに着せるのは合法です。ただし、製品写真をトレースする場合は注意が必要です。

  • コラージュについて

 「パロディ=モンタージュ事件」のとおり、MAD含めて通常はクロです。
 一応は「本質的な特徴を直接体感でき」なければ合法ですので、一音単位でサンプリングして全然違った曲を作るとか、フォトショップで原画像を認識できないくらいぐちゃぐちゃに混ぜてそれを素材にするとかは合法と考えられます。
「原写真の同一性がもはや完全に失われたと認められるほど細分された原写真の部分を利用してモンタージユ……」
とあるからです。

 著作権法以外にも不正競争防止法、商標法がありますが原則として著作物には及ばないので同人誌には関係がないものと思われます。ただし、同人グッズには及ぶので注意が必要です。
 民法一般の不法行為が問題になる可能性があります。これは、特に明文の規定が無くても不法行為と判断される場合があると言うことです。例えば、肖像権や日照権には直接根拠となる条文は存在せず判例の中で定まっています。
 著作権に近いところでは「ニュース見出し無断使用事件」ではニュース見出しは著作物ではないとされたが、法的保護価値はあるとして、月1万円の使用料が言い渡されました。
 同人誌もスピンオフ使用料として、なんらかの金銭が請求される可能性はあります。

  • あとがき

 色々書きましたが、著作権法上は合法と思われても、言いがかりで訴えられることもめずらしくありません。そして、いったん訴えられたら少なからぬ損失を被ります。何も知らない警察がやってくることもあります。びくびくしながらファン活動を行うのもつまらないものです。
 また、原作者が不快に感じているのに同人活動を行うことは法的にはおとがめ無しでも、あんまり気が進まないものです。そう考える人たちは、東方とかの公式にOKの出ているジャンルに流れているものと思われます。
 かくいう私も、PBWで活動しているのでシェアード・ワールドをベースにオリジナル作品を作成している状態です。
 最後の方で軽く触れましたが、将来的にはスピンオフ使用料のような方向に進むのが望ましいのでは無いのかと私は考えています。例えば、スピンオフ作品の売り上げに対して金銭的請求権が発生する等が健全な落としどころと思われます。

  • 参考文献

著作権法:中山信弘
最新著作権関係判例と実務:知的所有権問題研究会
逐条解説 不正競争防止法:経済産業省
工業所有権法(産業財産権法)逐条解説:特許庁